ウィークリーメッセージ 45

一昨年11月からお送りしている「ウィークリーメッセージ」の続きです。
今回は、6年前の3月の内容です。

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2012 ・03 ・03 (土)
198.素晴らしい人たちシリーズ 23. 意欲的な人
意欲的な人を見つけるのはそう難しくありません。私もそういう人との出会いを楽しんできました。にもかかわらず、あえてこの方を紹介したいのです。

彼女は営業職から編集職に異動を希望し、1年前から編集の新人として働いてきました。編集は全くの素人なので、何やるにしてもベテランの何倍も時間がかかります。しかし、会社として全ての残業を認めるわけにもいかず、上限を設定してそれ以上になった場合は代休という約束をしました。

1年間の相当の努力が実って、十分に独り立ちが出来るようになったので、昇進をして昇給もするけど、昇給時期は2ヶ月後なので、それまでは今まで通り、上限を超えたら代休を率先して取って欲しい、と伝えたところ、「そのお考えにはちょっと異論があります」と来たのです。てっきり、ここまで成長したのだから、その上限はとって欲しいとでも言われるのかなと想像していたところ、「私は休むと成長が遅れてしまうと考えていますので、代休を必ず取れと言われても、取りたくないのです」、と言うのです。

その返答に思わず感動しました。そこまで意欲的な人に応えるには、どうしたらいいか、その場で答えを出し、それを提案したら今度は、彼女が喜んでくれて涙さえ浮かべたのです。その提案は驚くほどのことではないのですが、会社のその気持ちが嬉しかったようです。こういう人に出会うと、人件費はコストではなくまさしく資産だとつくづく思います。

前向きも ここまでくると 本物だ

2012 ・03 ・10 (土)
199.素晴らしい人たちシリーズ 24. 孤高の人-孤高について
「孤高」であることに憧れるか。これは、なかなか難しい質問だと思います。ここに登場していただいた方々には私が勝手にタイトルをつけてしまいましたが、果たしてこの方たちはこのタイトルのような人を目指して来たのか、と想像するとそうではない、という気がするのです。

そこで、問題の「孤高の人」に戻りますが、この方には是非、登場していただきたいと当初から考えていました。ところが、他の全ての方々をご紹介していたときは、なんらかの形で、皆さんに真似をしてもらえたら嬉しい、という気持ちで書いてきました。しかし、読者の皆さんに「孤高の人」になってもらいたいかとあらためて自問自答すると、そうではありません。

「孤高の人」はそれまでの方々のように、何らかの形でいい影響が与えられたら嬉しい、という気持ちで頑張ってきたに違いないのです。決して「孤高」であろうとは考えていなかったと思います。何故なら、「孤高」ではあまりにも寂しすぎるからです。しかし、結果的に、私からするとこのような人になってしまったのです。

周りの目を気にしすぎたら自分なりの生き方は難しいです。かといって全く、周りから浮いてしまい、その考え方、生き方が違いすぎると、あの考え方、生き方はあの人しか出来ない、と思われてしまい、それが昂じると「孤高の人」になってしまうのです。自分の人生だから、人の目を気にしていて何になるんだ、という考え方もあります。同時に、社会に受け入れて欲しいという人間の本質的な期待もあります。誰でも変人とは思われたくないのです。

しかし、誰とも迎合しないで自分の信念に従って生きる、ということになると結果的に他と交わりにくい存在になってしまっても仕方がありません。そういう意味で、自分を貫いた結果の「孤高の人」ならやむを得ない、ということになるかと思います。

願わくは 孤高にならず 光りたい

2012 ・03 ・10 (土)
200.素晴らしい人たちシリーズ 25. 孤高の人
昔から”アイデアマン”と呼ばれていました。また、そう呼ばれるのがとても心地よかったようです。それは、人と違うこと言ったり、やったりすることに誇りを感じていたと見受けられるからです。

私の場合は、ある時点で全ての考え方にラベルを貼ろうとします。(言葉で記す、ということです。)それは、貼った方が皆さんに取ってわかりやすいと考えるからです。ところがこの方は、それをしませんでした。さらに、とても感性が豊かだったので、ちょっとした情報に感化されやすい、という長所のような短所のような部分がありました。結果的に、言っていることが一見ぶれるのです。

でもそれは、この人に取って当然なのです。前提条件が変わった、あるいは気が付かなかったのですから。それが、わかった時点で対応が変わるのは当然なのです。でもここで同様に、その説明がないのです。この人に取っての当然は、周りにとっては不可思議です。しかし、立場は組織の長ですから、周りはその朝令暮改に文句も言わずに(言えずに)、ついて行かなくてはなりません。(私だったら盲目的について行きませんが。)

そうなると、もう理解不能状態に陥らせてしまうのです。それが、昂じて「孤高の人」になってしまったのです。何を隠そう先代です。私は、先代のこのような対応を目の当たりにして、自分はどうすべきか、相当考えさせられました。今の私が皆さんにどう写っているかわかりません。さてさて、どんなモノでしょうか。機会があったら聞かせて下さい。(結構、孤高2代目だったりして。)

結局は 同じ血を継ぐ 因縁か

2012 ・03 ・24 (土)
201.素晴らしい人たちシリーズ 26. 書き終えて
誰しも長所短所を持ち合わせています。あの人のあの才能は認めるけど、あの部分は許せない、というケースは沢山あるでしょう。ただ、そういう見方をしていると、長所の素晴らしさが薄くなってしまいます。そこはスゴイのだから、そこだけ真似すればいいのに、その人のマイナスを知ったがために、結局何も真似しなかった、ということになりかねないのです。これはもったいないと思い、あえて、スゴイ部分に光を当てて書きました。

25人の方々に登場していただきましたが、もちろん、スゴイという方はもっといらっしゃいました。ただ、登場した方々は突出した方々です。さらに言えば、バランスのとれた方も沢山いらっしゃいました。通信簿で言えば、みんな4という方々です。こういう方々については、今回見送りました。

私を含めて殆どの方は、25人と同じレベルになるのは相当難しいと思います。ただ、同じにならなくても、そこに向けて努力をするのは出来るのです。そういう意味では、努力の「方向性」にはなっていると思います。

登場した何人かは既に物故者であられます。逆に、最少年齢はなんと24歳です。書き始めた時点では、まさか20代が登場するとは思いもしませんでしたが、つい昨年、出会ったのです。とすると、これからもここで書きたかったと思う人と5年後、10年後に出会うかもしれません。そして、その人達が10代であるかもしれないのです。かのプロゴルファーの石川僚君が世間を驚かしたのは15歳でトーナメントに優勝した時でした。

人間って、あらためて年齢ではないなと思います。年長者だからと言って、模範的な生き方をしているかというと、そうではない人も沢山いるし、年少者でも刺激を与えてくれる人は沢山いるのです。人間は人間として見て、素直に感動し、刺激を受け、死ぬまで自分磨きをして行けば良いのではないでしょうか。

書き終えた このシリーズは ここで完