ウィークリーメッセージ 40

一昨年10月からお送りしている「ウィークリーメッセージ」の続きです。
今回は、6年前の9月の内容です。

-------------------------------------------------

2011 ・10 ・01 (土)
177.素晴らしい人たちシリーズ 2 .話す人。
この人の話し言葉はそのまま文章になるのではないかというくらい、整理されていました。さらに、声もいいし、話の筋立ても素晴らしいので、その説得力といったらありませんでした。ということで、はじめは圧倒されっぱなしだったのですが、そのうち何故、こんなに聞きやすいのか、具体的に何がこの人の話し方を魅力的にしているのか分析し始めました。そうするといろいろなことが分ってきたのです。

その声量 :蚊が泣くようでもなく、あたりをはばかるような大声でもない。
その速さ :じれったくもなく、緊張を強いるようなスピードでもない。
その明瞭さ:滑舌が良く、決して語尾が消えるようなコトもない。
その間合い:単語と単語、言葉と言葉の間合いが絶妙。
その抑揚 :大げさにならず、適度な感情を感じるような抑揚がる。

話し方は相手の気持ちを忖度したら、後は技術です。この素晴らしい技術を身に付けそこに、あなたらしいテーマで情熱を持って語れば、必ずや通じると信じています。私は徹底してこの人の素晴らしい話し方を真似ました。今では、自信を持って「自分流」で話していますが。

軽快な 会話の応酬 コト進む

2011 ・10 ・08 (土)
178.素晴らしい人たちシリーズ 3. 聞く人。
かれこれ20年くらいお付き合いをしました。この方も経営者だったので、様々な話をしましたが、私の考えもよく聞いて下さいました。そして議論もしました。ただ、私と考えが違っても直裁な表現はしないのです。かといって、回りくどいということもありません。そのいい方が絶妙なのです。まだ、私には真似が出来ません。

「なるほどね、ただ、こういうケースの場合は難しいよね」、とか、「いいよね、それが出来たら」、というような反応をしたときには、不賛成という合図なのです。ここで詰め寄っていたら多分、20年のおつきあい、というわけにはいかなかったでしょう。この方は、必ずと言っていいくらい、ご自分の意見、考え方をお持ちです。しかし、「和田さんはどう思う」、というように意見を求めるのです。それをじっと聞いていて、ご自分と同じなら、嬉しそうに反応しますし、違う場合は、上記のような反応をするのです。

しかしながら、意見が違っても、真っ向から反対せずに、やんわりと言われるとまた、聞かれたら言っていいんだ、という気持ちにさせてくれます。この、砂に水が浸みていくように、どんな意見でも取りあえず、聞き耳をたてて下さる、この心遣いに何度癒されたことでしょう。残念ながら、今年の5月に亡くなってしまいました。

耳すまし 聞いてくださる 嬉しさよ

2011 ・10 ・15 (土)
179.素晴らしい人たちシリーズ 4.静かな人。
私は、発言することが自分のアイデンティティを保っているかの如く、発言をします。しかし、この方は違うのです。そんなことで存在感を示そうとしないのです。でも、存在感は十分にあります。ゆったりと話していても、要所要所で、きちんとその方らしい的を射た質問や意見を述べます。

私と意見が違うときには、あせらずゆっくりと、さりとていらいらさせずにご自分の意見をおっしゃいます。その堂々とした風情、これはなかなか真似が出来ません。声を荒げた所を見たこともありませんし、表情を変えたこともありません。(いつも無表情という訳ではありません。)なぜ、こんなことが出来るのでしょう。さすがに、こんな質問をしたことはありませんが、察するに、あらゆる状況を受け入れるキャパシティーが大きい、ということではないでしょうか。以前、どこかで知った言葉に、こんなのがあります。

得意泰然 失意淡然

うまく行っても、得意になってはしゃがず、さりとてうまく行かなくても、慌てず、騒がず、じっくりとその状況を静かにながめて、次の手を探る。と言ったところでしょうか。

何事にも動じない、泰然自若としたその物腰、圧巻です。静かなパワーと言ったらいいのでしょうか。確かに私より年長ですが、私がこの方の年齢になったとしても、この方のようにはなれないでしょう。残念ながら降参するしかありません。

とりあえず 腹に収めて じっくりと

2011 ・10 ・15 (土)
180.素晴らしい人たちシリーズ 5. 好奇心の塊。
彼は私の友人で唯一の、ネイチャー誌の定期購読者です。彼は科学者でもなければ、研究者でもありません。普通のビジネスマンです。英語力をキープするためというだけでなく、ネイチャーに書かれてあるコンテンツに関心を持っているのです。

彼はまた旅行も好きで、よく旅先からメールをくれますが、またその内容にたまげてしまいます。その土地に関する歴史的出来事など、よくもこんな教科書にも書いていないようなことまで知っているんだろう、とその博識、博学に驚かされます。

彼は、人にスゴイと思ってもらいたいと思って様々な知識を蓄えてきた、ということはまずありません。彼の好奇心が分りたい、調べてみよう、という行動につながっていくのです。知らないことに面白さが隠されている、それを暴いてやるぞ、というような好奇心に溢れた人です。根底にある意識は、人生を楽しめるだけ楽しみたい、というものです。確かに関心のあることをやっていれば楽しいです、理屈抜きで。楽しむためには好奇心が肝心、という考え方と関心を持ったことをやっていれば人生が楽しい。どちらが先に来ても彼には良いのです。もちろん私たちも同様です。

わかること 増えればもっと 面白い

2011 ・10 ・29 (土)
181.素晴らしい人たちシリーズ 6. 謙虚な人。
アメリカ人ですが、“長幼の序”を賛美していました。だからと言って、年少者には威張りちらし、年長者にはへつらう、ということは全くありません。ただ、日本人の若者から敬意を払われたことに感動していました。10歳以上年下の私に対しても、決して上から目線の発言はありません。むしろ、若い私を年長者のように扱うのです。何度、恐縮したことでしょう。

功成り名を遂げると人は不遜な態度を取りがちです。日本人で謙虚な人は何人か見て来ましたが、アメリカ人でここまで謙虚な人は、この方を差し置いて誰もいません。

さて、謙虚さはどこから出てくるのか、それは、多分、“まだまだ、この程度ではダメだ”、という思いがあるからではないでしょうか。私が陶芸をやっているときに経験したことですが、やればやるほど難しい、ということが分るのです。「こんなに出来るようになった」、
というのは裏をかえせば、「この程度しかまだ出来ない」、と言う発見なのです。この方が謙虚なのは、こういった理由からではないかと拝察しています。

謙虚さは 知識知恵でも かなわない