棚卸し

 年度末の棚卸しではなく、“自分自身の棚卸し”の話をしてみたい。
学生時代のことなので今から40年くらい前の話です。詳しくは覚えていませんが、自分の真の考えを探るために、新聞紙大の紙に自分が考えていることをひたすら書き記した経験があります。この時、書くことと単に考えることの違いをまざまざ感じました。書くと誤魔化しが利かないのです。自分の書いた文字を追えば追うほど、自分の論理の矛盾や飛躍に気づきます。矛盾を解決したり、飛躍から論理に正すことをやっているとしばらくして、本当の考えに辿り着くのです。話し言葉も実は、結構曖昧なところがあり、その場しのぎの適当な論理展開が成り立ってしまいます。しかし、文章になるとそうは行きません。それと、文字、言葉には底知れぬ“パワー”が秘められているのに気づきました。力強い言葉を書けば、とても前向きになってきますし、弱気な言葉を並べると、それだけで落ち込んできます。不思議ですね。
話がそれてしまいましたが、まずは、自分は何者か自分の棚卸しをして、その言葉を書く、そうするとそこに書かれている“いいこと”、“そうでないこと”をまじまじと見渡します。人間は病気になると自然治癒力が働きますが、言葉も同じです。反省の言葉が並んでいると、こうであってはいけないな、といつの間にか自分を戒めているのです。何をしなくてはいけないか、自分が書いた文字であらためて知る、するとあらためる行動を取るようになる。これが素晴らしいことだと思います。多くの人は指図されたり、叱責されるのを好みません。しかし、この棚卸しは、自分が自分に対して語っているのですから、受け入れざるを得ません。素直に認めて、言葉に従い、自分を改造していくのです。自分の意志で。自分で自分をコーチングするようなものです。是非、一度お試しを。