全てに時がある

 努力をすれば報われる、これは道理です。しかしながら、「いつ」報われるのか、誰もわかりません。その努力が大きければ大きいほど、早くその結果が出るのを期待してしまいます。学生なら勉強量に対する成績の向上、スポーツなら練習量に対する成果、社会人ならがむしゃらな働きに対する昇進です。
ここで「全てには時がある」という聖書のくだりが頭をよぎります。この「時」がいつなのか、私達は知る由もありませんが、道理(クリスチャンに取っては真理)を信じるならば、その「時」は必ず来るのですから、あせらずにじっと待つことができるのではないでしょうか。