「私の履歴書」ハワイ編 その2

そのレストランが新たに「アド・コンセプト」を広告代理店に指名したことが各メディアにあっという間に伝わり、テレビ、ラジオ、新聞の営業がぞくぞく訪れはじめました。私は、今でもたいした英語を話していませんが、当時はもっとお粗末な英語しか話せませんでした。しかし、メディアの営業は殆ど白人で、それもこちらが日本人であることを全く頓着せず、立て板に水の如くセールストークをするのです。私は話が終わる頃を見計らって、「今説明してくれたキャンペーンについてパンフレットがあるだろう、それを置いてってよ」と辛うじて言い、それを自宅に持ち帰り、辞書を引き引き内容を理解して、翌日、お客様のところに行って、「この企画、面白そうですよ。乗ってみませんか」、などと売り込んだものです。そうとう危うい営業をしていたものです。
ただ、広告対象は日本人より圧倒的にローカル(ハワイ在住者マーケット)が多かったので、広告作成は自ずと英語になります。私のお客様は日本人ですから、たとえば今年のクリスマスのキャンペーンはどんなことをしたいのかお聞きして、それを実際の広告コピーやデザインに落とし込んでいくのですが、ありがたいことにグラフィックデザイナーは日本語堪能な日系人でした。ところが、英語のコピーライターは全く日本語が分からない白人です。彼に、お客様の趣旨を伝えたり、私の考えを伝えるのが大変でした。ただ、今思うとこの経験が英語を覚える一番の動機になりました。伝わらないと商売にならないのですから。
この頃に書いた広告のキャッチフレーズで今でも覚えているのが、「あなたは何で勝負しますか。私たちはロブスターで勝負します」です。これでおわかりのようにこのお客様は当時、単独(チェーン店ではない)では最大の収容人数を誇るロブスターで有名なレストランでした。とまれ、この頃から既に、自分あるいは自社の「アイデンティティの重要性」を考えていたことが分かります。この思想は今でも、私の経営の根底を支えるものになっています。余談になってしまいました。
この広告制作を経験したことがまずは、次のステップに行くのに役立ちました。次のステップとは、広告の販売です。それも、今では珍しくない「ムック」(マガジンとブックを合わせたようなもの)の広告スペースの販売です。話は講談社さんから来ました。ハワイのムックを出版するに当って、現地の広告を入れたい、については、広告を売ってくれないか、と言うのです。直感的に「面白い仕事だ」と思いました。すると、すぐ考えることはどうやって販売チームを作ったらいいのかです。当時のオーブンハワイの営業は私一人でした。そして広告販売は全くの素人。ここまでは自分のことですからすぐに分かるのですが、それなら誰が売れるんだ、ということです。しばらく考えたら答えが降ってきました。それは、外部のメディア営業に声を掛けてアルバイトをしてもらう、ということでした。すぐに呼びかけたら、あっという間に必要人数が揃いました。さていざ、販売開始です!
「営業は 外に任せて われ企画」